「澱の一族〜島原の乱編〜より ヒ ト ガ タ」
 <top> <加藤製作所オリジナルコレクション>


 


"超絶的アート&モデル・グラフィ「D・D・D」(メディアワークス、現在休刊)Volume0010"


「呪殺人形を作り出す一族=澱(おり)の一族」設定試案

 ※澱=かす、汚れのこと。

○概説

・族名は「操氏(くりし)」。
・五世紀頃、ヤマト王権成立以前の日本に渡来した、呪術師の一族。
  恐らく時の中国王権(宋?)からの弾圧を逃れて、日本にやって来たと思われる。
・土製の人形「ヒトガタ」に命を吹き込んで武器や呪術器として用い、ヤマト王権の成立に多大な貢献をした。
・彼らの家紋は「隠し十六花弁」と呼ばれ、天皇家の家紋である「十六花弁菊」が用いられており、
  天皇家との結び付きの強さを表している。
・その一族のものは、ある顕著な身体的特徴を持っている。
・日本史の転換点と思われる出来事に深く関わり、その度に分裂を繰り返してきた。
  主要なものとしては、以下の4つが確認されている。

 (分裂順に列挙)
  @東家(とうけ):桓武天皇の時代、初代征夷大将軍である坂上田村麻呂に従い蝦夷討伐に赴いた一派。
          蝦夷討伐終了後も蝦夷地(現在の東北地方)に留まり、蝦夷の監視を続けた。
          都から遠く離れた蝦夷地に本拠を構えたことにより、蝦夷土着の原始宗教の呪法を取り込み
          独自の発展を遂げた。
          東家のヒトガタは、東国に拠点を持つ武士階級に「イクサガミ」として絶大な信頼を得て
          信仰の対象となり、そのことによって東家は武士達に仏教を凌ぐ影響力を持つことになった。
          鎌倉幕府の成立により、東家は京都にある本家を凌ぐ勢力を誇ったが、その滅亡と共に
          彼らも滅んだ。

         代表的ヒトガタ:坂上田村麻呂の武人像型ヒトガタ

 A南家(なんけ):室町時代初期の朝廷分裂(南北朝期)の際、後醍醐天皇率いる“南朝”側に従った一派。
          これに対して、光明天皇を擁する“北朝”側に付いた一派を「北家」という(後述)。
          北家に比べて勢力的には少数派であるが、正統な皇位継承者の証である三種の神器を有する
          南朝に付き従っている南家は、「繰氏における正統」を自任していたと言われている。
          南朝の衰退に伴い、南家も歴史の表舞台から消えていった。
          昭和二十年代、南朝正統天皇を自称する熊澤寛通が世に現れた際、南朝正統の証として
          ヒトガタを伴っていた。彼のヒトガタを製造した者も「繰」を名乗っていたが、本当に
          南家の末裔であるか否かは不明。

         代表的ヒトガタ:後醍醐天皇の四聖獣型ヒトガタ(青龍、白虎、朱雀、玄武)

 B北家(ほっけ)→北東家(ほくとうけ)
         :室町時代初期の朝廷分裂(南北朝期)の際、光明天皇を擁する“北朝”側に従った一派であり
          当時の繰氏の多数派。
          北家の特長として、ヒトガタ製造の工程からできるだけ呪術的な要素を取り除いて技術的な
          解決を図った点があり、革新的なヒトガタ(「近世ヒトガタ」)の大量生産と戦場への大量投入
          を可能にした。
          北家の全盛は、織豊政権期つまり織田信長/豊臣秀吉の安土桃山時代で、日本史上最大の絶対的
          権力者の下、彼らの天下統一事業に貢献した。
          特に豊臣秀吉最晩年の朝鮮出兵(慶長の役)に際しては、歴史上最大規模のヒトガタ部隊を編成
          「慶長の電撃戦」と呼ばれる快進撃を成し遂げた。
          しかしそのヒトガタ部隊も明/朝鮮連合軍に破れ、出兵した北家のもの達もほとんどが戦死した。
          日本に帰国した生き残りの北家のもの達は、豊臣秀吉の後継者争いに巻き込まれ、関が原の合戦
          に際して東軍(徳川方)に付いた「東家」と西軍(豊臣方)に付いた「西家」に分裂した。
          (「北家」から分裂した「東家」は、平安時代に分裂した「東家」と区別する為に「北東家」と呼ばれている)
          関が原の合戦後、「北東家」は徳川家康より「繰氏の正統」のお墨付きを得るも、島原の乱以後は
          江戸城内で茶運び人形等の玩具的ヒトガタを製造する程度となり、ヒトガタ製造の技術は失われたと言われている。
          明治維新以降、北東家は西家に吸収され消滅した。

         代表的ヒトガタ:豊臣秀吉のヒトガタ部隊(「戦国の装甲師団」)

 C西家(せいけ):関が原の合戦に際して、西軍(豊臣方)に付いた一派。
          徳川政権成立後、西家も他の西軍方武将と同様に追われる立場となったが、時の後陽成天皇の嫡子政仁親王
          (後の後水尾天皇)に匿われることとなった。
          親王の庇護の下ヒトガタ製造技術の伝承に努め、親王の即位後は徳川幕府の過度な朝廷への介入を防ぐ為、
          様々な活動を行っていたとされる。
          その間の詳細については不明な点が多いが、その中には南家との分裂以来廃れていた密教的教義の復活や
          人間の等身大のヒトガタの製造が含まれるとされている。
          明治維新後北東家を吸収し、明治政府より「繰氏の正統」との称号を得たが、西欧式近代国家建設を目指す政府によって
          暫くの間はヒトガタが顧みられることはなかった。
          時代が昭和となり国粋主義思想が鮮明になるに従って、「天皇を護る神兵」としてヒトガタに再び注目が集まり、
          更に、オカルト的政策を有するドイツのナチス政権との軍事条約(日・独・伊三国軍事同盟)が締結されると
          技術提携の名目でヒトガタ製造の技術がドイツにもたらされることとなり、ドイツの持つ最新の科学技術との
          融合が図られた。このヒトガタは、第二次世界大戦末期にベルリン/満州で実戦に投入されたが、詳細は不明である。
          また、この戦闘で西家の正統後継者は戦死し血統は途絶え、西家は消滅した。

         代表的ヒトガタ:戦車型ヒトガタ「VK20001D-(P)/(H)」(大日本帝国陸軍とナチス・ドイツ親衛隊SSの共同開発計画)

○「ヒトガタ」について

 @製造方法

 ・5〜6m程度の大きさの人形に、精神力を封じ込めて動くようにしたものが「ヒトガタ」である。
  ・人形の素材は時代によって異なるが、土/木/金属が一般的である。
  ・人形の関節は動作が可能なような構造になっており、これも時代が進むにつれてより動かしやすいよう複雑になっている。
  ・「ヒトガタ」に封じ込める精神力は、9世紀頃の空海による密教(真言密教)伝来の前後で、以下のように異なる。

  ◎密教伝来以前は原始宗教の呪術的な方法で行われていた。
    「ヒトガタ」に封じ込められる精神力となるのは、ある条件(年齢、処女性)を満たした巫女であり、彼女の命を神に捧げることによって
    「ヒトガタ」を動かしていた、と考えられる。
    この方法の特徴として、以下の点が挙げられる。
    ・巫女の精神力を直接封じ込める為その効力は強力で操縦者が不要であり、人形の構造が粗雑でも充分可動する
    ・極めて長時間「ヒトガタ」を可動することが可能である
    ・巫女となる資格を有しているが限られ更にはその命を奪わなければならない為、「ヒトガタ」の数が揃えられない
    また、この方法で人形に精神力を封じ込める際は、人形が巫女に似通った外観である方が望ましい為、女性を模した形になっている。

   ※「呪殺人形」は、この製造方法の流れを汲むものである。

  ◎密教伝来以降、巫女自身の精神力ではなく密教教義にある様々な軍神を、「ヒトガタ」の使用目的に応じてその中に召喚させる方法が
    採られた。
    (最も多かったのが、戦勝祈願に用いられる大威徳明王と鎮護国家/朝敵退治に用いられる太元帥明王である)
    召喚させる軍神を表す梵字を、「ヒトガタ」本体と操縦者の体に書き記すことによってその効果が得られる。
    この方法の特徴として、以下の点が挙げられる。
    ・それ以前の方法に比べて、召喚させる術者(僧侶)の命を奪う事が無いので「ヒトガタ」の数を揃えることが可能になった
    ・召喚技術の伝承が可能なので術者の養成が比較的容易になった
    ・「ヒトガタ」の持つ精神力は弱くなったため操縦者が必要である
    ・術者の力量によって「ヒトガタ」の性能にバラつきが生じる
    ・「ヒトガタ」の可動時間が短い

 A種類

 ・用途による分類

  ◎戦闘用ヒトガタ:一般的に「ヒトガタ」とはこちらを指す場合が多い。主に戦闘に用いられる。

  ◎呪殺用ヒトガタ(≒呪殺人形):元来は敵軍の進行速度を遅らせる為の、戦闘補助的な役割を持った「ヒトガタ」。
                 後に、特定の対象を暗殺する目的でも使用されるようになった。
                 詳細は、下記の別項「呪殺人形」を参照のこと。

 ・製造年代/構造による分類

  ◎古代ヒトガタ:ヤマト王権成立時から密教伝来以前に作られた「ヒトガタ」。
           前述のように、巫女の精神力を容易に封じ込める為に女性を模した外観になっている。
           構造は極めて粗雑で、関節も切り込みを入れている程度である。

          ※「呪殺人形」は、構造的には「古代ヒトガタ」の系譜である。

  ◎中世ヒトガタ:密教伝来以後に作られた「ヒトガタ」。
           外見は仏教を題材にしたものが多く、奈良/京都/鎌倉の仏師達が製造に参加していた。
           関節の構造は、古代ヒトガタよりは進化しているものの可動範囲はそれほど広くない。
           更に密教の軍神を召喚させる方法に変化したことにより、「ヒトガタ」そのものの精神力は弱くなり
           操縦者の搭乗が必要なことと併せて、戦闘用としては古代ヒトガタよりも寧ろ使い勝手が悪い。
           実戦用というよりも兵士の士気鼓舞の為の儀礼用としての意味合いが強い。

  ◎近世ヒトガタ:15世紀後半、大和国の大名松永久秀の命令により北東家が製造した「ヒトガタ」が始まりとされる。
           特長として、当時の密教教義の劣化による精神力の弱体化を補う為、関節部分に滑車が組み込み可動範囲を広げ
           操作性を容易にしている点が挙げられる。
           更に、南蛮貿易によりもたらされた様々な最新技術を組み込むことにより、兵器としての有用性が大いに向上した。
           外見はこれまでの仏教的題材の他に、想像上の動物や妖怪など多岐に渡っている。

  ◎現代ヒトガタ:第二次世界大戦時に、大日本帝国陸軍の命令を受けた西家とナチス・ドイツ親衛隊SSの共同開発計画
           より試作された戦車型ヒトガタ「VK20001D-(P)」「VK20001D-(H)」を指す。
           これは重量200tに及ぶもので、外見は「鋼鉄製の竜と戦車が合体したもの」と言われている。
           内燃機関を搭載しているが、これはキリスト教文化圏では仏教的教義に基づく術法の効力が弱くなることが想定された為
           補助動力が必要と考えられたからである。

 

○「呪殺人形(呪殺用ヒトガタ)」

○呪殺人形(呪殺用ヒトガタ)について

・呪殺人形は正式には「呪殺用ヒトガタ」と呼ばれる。
・呪殺人形は、人の型をした入れ物(人形)の中に生贄となる人間の精神を封じ込め、その力で相手を呪い
  殺す呪術道具である。
  仏や神将の力を借りず生贄となる人間本人の精神力を用いる方法から、原始宗教の呪術の流れをくんだものであ  ると思われる。
・古墳時代から皇室に関わってきた或る一族の分派の末裔が、作り出したものである。
  (この一族については、別項参照)
・呪殺人形は、元来敵軍の進行速度遅延用として制作されたものである。
  (敵軍の進行予定路に呪殺人形を置いておき、混乱を生じさせ、進行速度を鈍らせる)
・人形の外見は、その中に封じられている生贄の年齢/性別により異なる。
  それは、人間の精神が元の自分と近い性別/年齢の入れ物(人形)に入りたがる傾向があり、またその方が
  精神力を発揮し易い=呪殺の効果が表れやすい為である。
・人形の大きさは用途により様々である。頭部だけのものも存在する。
  ただ、どの人形にも人間の眼球と酷似したそれが必ず付いており、呪殺には眼球の存在(視線)が不可欠だと思われる。

○呪殺について

・呪殺人形が行う「呪殺」には、以下の二つの方法がある。

 @「指向性」呪殺:
    特定の相手のみを呪い殺す方法。
    この場合生贄となるものの年齢は、呪殺する対象を認識できるだけの年齢である必要がある。
    後述の理由により製造に時間を要する。
    この方法で呪殺人形を製造した場合、目的を果たした後は封じ込められた生贄の精神は浄化されるように
    なっている(但し、例外有り→後述)。

 A「無差別」呪殺:
    ある一定の範囲内に居る人間を呪い殺す方法。
    元来、呪殺人形が持っていた呪殺の方法はこちらになる。
   この人形の生贄となり得る対象は、以下の二つのどちらかである必要がある。

    ・自我の確立していない年齢のもの(この場合、生贄1人の精神力は弱い為、複数の生贄の精神を人形に
     封じ込める必要がある)。
    ・不特定多数(≒自分以外の人間全員)に憎悪の感情を抱いているもの。

   このタイプの呪殺人形は敵味方の区別無く効力を発揮するので、使用には注意が必要である。
    また、呪殺人形に封じ込めた生贄の精神の浄化には、一族のものの浄化作業が必要となる。

○呪殺人形の製造について

・呪殺人形を製造するには、人形の中に生贄となる人間の「呪」や「怨」といった負の精神力を封じ込めなくては
  ならない。
・呪殺人形の力の大きさは、生贄の負の精神力の大きさに比例する。
  それを増大させ人形を製造するには、以下の方法がある。

 @生贄に苦痛を与え続けてそれを出来るだけ長引かせ、呪い殺す相手への負の精神力を高める方法。
   これは主に「指向性」呪殺人形を製造する際に用いられる。
   この場合生贄となるのは、呪い殺す相手へ強烈な恨みを持つ依頼者本人であることが多い。
   (その方が、苦痛に耐えながら負の精神力を高めていくことが比較的容易である)
   稀に、依頼者が自分の血縁(主に依頼者本人の配偶者や子ども)を生贄に指定する場合があるが、
   その場合、生贄の負の精神力が本来呪殺したい相手ではなく、苦痛を与えている人形製造者や自分を生贄として
   差し出した依頼者に向く可能性が高くなる為、製造には高度な技術を必要とする。
   また、生贄の負の精神力が強くなり過ぎた場合、本来の目的を果たした後もその精神が浄化されなくなり、
   「無差別」呪殺に変化する場合がある。

 A一体の人形に、複数の生贄の精神を封じ込める方法。
   これは主に「無差別」呪殺人形を製造する際に用いられる。
   この場合生贄となるのは、自我の確立していない年齢のものであることが多い。
   生贄1人の精神力は弱い為、複数の生贄の精神を人形に封じ込める必要がある。
   生贄の数が多いほど呪殺の効力は高くなるが、その数が多過ぎると浄化作業に困難をきたす場合があるので
   注意が必要である。
   また、稀に自我の確立した年齢のものを複数生贄にする場合がある。
   その効力は非常に高くなるが、浄化作業が非常に困難になる。

○呪殺人形の浄化について

・呪殺人形がその目的を達成した場合、人形が持つ負の精神力を浄化しなければならない。
  それには以下の方法がある。

 @「指向性」呪殺人形において、生贄が依頼者本人である場合は目的を達成した瞬間に精神力は浄化される。
   注意しなければならないのは、以下の場合である。

  ・与えた苦痛が強すぎた場合
   ・生贄が依頼者本人以外の場合

 上記の場合は、呪殺人形の製造者が浄化作業を行わなくてはならない。

  また、他の宗教家が浄化作業を行う場合、その人物が呪殺人形以上の精神力を有している必要がある。
  日本は神道及び仏教が宗教的価値観の基本になっているので、この二つに属する宗教家は浄化作業を行うのが望ましい。

 A「無差別」呪殺人形の場合、浄化作業を行わなければ人形の精神力は浄化されない。
   浄化作業そのものについては、「指向性」呪殺人形の場合と同様の方法が用いられる。

・浄化作業が行われなかった場合、呪殺人形の効力は時間の経過と共に薄れてゆく(≒浄化)。
  それに必要とされる時間は、呪殺人形の精神力の強さによって異なる。






COPYRIGHT(c)2008kaiju-shop.com ALL RIGHTS RESERVED